鎮座地 福岡県春日市春日一丁目110番
「春日」という地名は春日神社があったことに由来する。(筑前国続風土記)
ご祭神
天児屋根命(アメノコヤネノミコト) 武甕槌命(タケミカツチノミコト)
経津主命(フツヌシノミコト) 姫 大 神(ヒメオオカミ)
御由緒
神社パンフレットの説明を中心にして若干加除して記載します。
春日の里にまします春日神社は、当時の皇太子、後の天智天皇が長津の宮(現在の福岡市南区高宮)に居られる時、この地、春日に天児屋根命を祀られたことに始まります。
神護景雲2年(768)太宰大弐藤原田麿が春日の地に藤原家の祖神 天児屋根命が祀られていることを知り参拝されその後、奈良の春日大社から武甕槌命、経津主命、姫大神を迎へ神社を創建されま春日大明神と称えてました。
戦国時代の末期の天正14年(1586)薩摩の島津の兵火にかかり社殿、宝物、文書などの一切を焼失してしまいました。その後慶長5年(1600)黒田長政の家老黒田一成が祖先が藤原氏であることから長政公から社殿の復興を命ぜられ寛永4年(1627)に再興されました。その後元禄9年(1696)に改築され現在に至っております。
以降三百年の年月が流れ社殿も老朽化が進み、平成8年(1996)社殿の総改修、境内地整備を行い現在に至っております。
二の鳥居
宝永7年(1710)黒田一利の奉納された。
春日の杜 (天然記念物 昭和38年1月16日県指定)
春日の杜は、春日神社境内の11本の樟で形成した杜をいう。杜の古さとともに、長い年月を経てきた樹齢が偲ばれる。いずれの木も樹枝が繁茂し、雄大で、樹木が近接し、特に三号木は二本の樹木が癒着し、一体となっている。(1990年1月 春日市教育委員会)
境内
春日の婿押し
重要無形民俗文化財(国指定) 平成7年12月28日
婿押しは、数百年の歴史を経ると伝えられており、古来から1月14日夜、春日神社氏子中、三期組合が中心となって行う年中行事。
前年に結婚した新郎新婦を公民館で披露し、婿を拝殿と境内で「祝い歌」を歌いながら揉み、最後に若水をかけて祝福する行事と、五穀豊穣と開運を願っての樽せり、さらに農村社会のさまざまな伝承行事が複合された、民俗行事。(境内説明板より)
薬師堂
春日神社の横にある。