縫殿(ぬいどの)神社

鎮座地 福岡県福津市奴山(ぬやま)813

JR鹿児島本線 福間駅前からふくまシテイーバスで約30分「奴山公民館前」下車、徒歩5分。当バスはほぼ2時間毎の運行(日・祭は運休)

【一口メモ】帰りのバス(マイクロ)はしばらく乗客が私一人であり、運転手さんも地元の人で、神社にも詳しく社内には「走行中はむやみに運転手に話かけないでください」の貼紙がしてあったが、宗像神社や周辺の神社の話を聞かせてくれて楽しく過ごした。静御前がこの地で生涯を終えたという言伝えもあるそうだ。

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御祭神

呉の国から織物、縫物の技術を伝えるために招かれた兄媛(えひめ)弟媛(おとひめ)呉織(くれはとり)穴織(あなはとり)の4工女(ぬいめ)と応神天皇、神功皇后、大歳神(おおとしがみ)。

※大歳神  記紀神話の男神。須佐之男神(すさのおのかみ)と神大市比売命(かみおおいちひめのみこと)の間の御子で稲の稔りの神。『日本の神さま読み解き事典』

参道入り口からの神社

参道入り口からの神社

御由緒(福津市が設置した神社入り口案内書)

応神天皇の頃に、呉の国(今の中国)から兄媛、弟媛、呉織、穴織の4名の媛が織物、縫物の進んだ技術日本に伝える為に招かれました。この中の兄媛は宗像神の求めでこの地に残り、中国の高度な染色、機織り、裁縫の技術を広めたと言われています。

祭神は、この4名の媛と応神天皇、神功皇后、大歳神でこの神社は日本最初の裁縫の神様であり、この地はデザイン、ファッションの発祥の地と言えます。

この神社には、永享12年(1440)につくられた梵鐘(県指定有形文化材、宗像神社神宝館に展示)、南北朝時代の大般若経600巻や江戸時代中期ごろの三十六歌仙絵扁額をはじめとする絵馬があります。

DSC00002『福岡県神社誌』によると「宗像末社百八神の内にて此兄媛此地に於て専縫をし給ひしに依て、此兄媛を産土大神に祭り、又同時に乞渡し給へるに依て弟媛呉織穴織を合せ祭り且神功皇后の御徳に依て加羅に通ふ事初まり、応神天皇の求め渡し給へる御功を崇め尊みて共に斎祭りたり」とあり。

 言伝えによると、神功皇后が新羅に出兵するとき、船の帆を織ったということです。前回参拝した宗像市の織幡神社は旗を織った場所と言われている。

 

集落の中の坂道をしばらく歩くと一の鳥居があります

集落の中の坂道をしばらく歩くと一の鳥居があります

一の鳥居の額束

一の鳥居の額束

二の鳥居と三の鳥居。二の鳥居の柱には大正7年4月。三の鳥居の柱には明治49年3月と刻まれている

二の鳥居と三の鳥居。二の鳥居の柱には大正7年4月。三の鳥居の柱には明治49年3月と刻まれている

三の鳥居と拝殿

三の鳥居と拝殿

拝殿

拝殿

拝殿内には天保年間に奉納された三十六歌仙絵馬が掛かっているが参拝した日は鍵がかかっていて見ることが出来なかった。

本殿

本殿

狛犬 阿形

狛犬 阿形

狛犬 吽形

狛犬 吽形

本殿から伸びる石段

本殿から伸びる石段

本殿・上からの眺め

本殿・上からの眺め

境内の小石祠

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