年毛(としも)神社

鎮座地  福岡県福津市勝浦943

JR鹿児島線「福間駅」より福津市ミニバス勝浦線で約30分「東」下車スグ。

[一口メモ] 年毛神社の名称の神社はここだけで、アーク(神との通信機)伝説や「宇佐八幡宮の本神輿のレプリカを当神社で多数作り、他の八幡様の神輿にした」といういい伝えを耳にしたので訪れたがそれらしきものは何もなかった。

一発勝負 願掛けの叶えてくれる神社。

社名標

社名標

御祭神

[筑前国續風土記付録]勝浦村

村の乾八町トシモ松原の海邊松林の中に在。祭る所底津少童命、中津少童命、表津少童命3座也。鎮座の年歴伝ふる事なし。

志賀大明神

鳥居の額束

鳥居の額束

底津少童命(そこつわだつみのみこと)

中津少童命(なかつわだつみのみこと)

表津少童命(うわつわだつみのみこと)

住吉大明神

底筒男命(そこつつおのみこと)

中筒男命(なかつつおのみこと)

表筒男命(うわつつおのみこと)

塩竈大明神

「勝浦塩田」は寛文6年(1666)頃開発され明治44年(1911)に閉鎖されたといわれている。約27ヘクタールの広さであったらしい。

DSC00007神 功皇后の三韓国を征勝し給ひ此時東の岳(稚児山・なちごやま)に登りまして加都羅(かつら)と詔へり、因りて後世其山を名付けて加都羅岳といひ、里を勝 浦、島を勝島、この一帯勝浦潟といふ。此時姫尊、志賀、住吉の大神を此所に祀り給えり、徳川の中期に勝浦の入江遠浅になりてより、塩田を開き塩の神として 塩竈大神を合せ祀る。

志賀大明神は漁獲の業を守護される神。住吉大明神は船舶を守護される船魂の神。

旧勝浦村総鎮守の守り神。

鳥居

鳥居

拝殿

拝殿

拝殿の扁額

拝殿の扁額

〔筑前国續風土記拾遺〕年毛社

西 といふ人家の海邊松林の中に在。年毛松原といふ。村浦5ヶ所(喜多、東、西、松原口、勝浦浜)の産神也。(ー途中略ー)此社は宗像七十五社の一也。同末社 に年毛大明神、正月朔日神事、7月7日神事としるせり。今は4月2日、9月29日祭あり、當所巫女弐人有りて奉祀する。

 

流造の本殿

流造の本殿

狛犬(吽形)

狛犬(吽形)

狛犬(阿形)

狛犬(阿形)

祭事の一つ 御申講(みさるこう)3月28日

福津市文化協会誌「文化福津2014第9号」福津郷土史会寄稿 より

その昔、勝浦岳に猿が住んでいて、雌猿が身籠もって産み月になると浜にお汐井採りに来て身を清め、子を産んだ。。そのお汐井採りの猿を鉄砲で射殺したので、他の猿が腹を立て、野荒しをやるようになり、作物が取れなくなった。また、海が荒れて出魚が出来なくなり、 このため猿の慰霊とともに五穀豊穣、大漁満足の祈願として神様にお願いしたところ、野荒しも止み、漁もできるようになったという。現在でも五つのムラが交 代で酒や弁当を準備し、約30人程集まり朝六時から八時までお籠り、御申の供養を行っている。

 

境内神社

境内神社

境内神社

境内神社

海辺に建つ裏参道の鳥居。砂に埋もれ大分低くなっている

海辺に建つ裏参道の鳥居。砂に埋もれ大分低くなっている

昔、年毛神社は「年毛の森」といわれ、松が多く、近くの神湊、鐘崎、波津の港の魚師は、年毛の松を目印に、船を運行していたといわれている。

神社裏の海岸。海は玄界灘

神社裏の海岸。海は玄界灘

境内と海辺の途中の松林の看板(漂流物に注意)

境内と海辺の途中の松林の看板(漂流物に注意)

異国からの漂流物も海岸に打ち上げられるという。

松林に置かれている古い額束

松林に置かれている古い額束

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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