八幡宮(福津市畦町)

鎮座地   福岡県福津市畦町(あぜまち)字大明神

「畦町」の成り立ちは、「筑前国続風土記巻十七に次の記載があります。『此町、昔はなし。民家少し有て、本木村の枝村成しが、、寛永19年、忠之公此町を立給う。青柳と赤馬の間馬驛なくして、其間遠ければ也。畦町の西の山に、昔は鳥の巣村有。其村を除て、民家を此所に移し、本より有し本木の枝村と一に会せて、此町を立、馬驛とし給ふ。』

上記のように「畦町宿」は宗像市の赤間宿と古賀市の青柳宿の間が4里(16キロ)と長かったため、寛永19年(1642)二代福岡藩主黒田忠之が中間に休憩場所として付近の鳥巣村と本木村から住民を移住させて設置された。

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畦町宿の風景

DSC00005唐津街道「畦町」宿はお寺めぐりの友をご覧ください。

御祭神

神興宮   宗像三神(多岐都姫命・市杵島姫命・多紀理姫命)

八幡宮   神功皇后・応神天皇・武内大臣

御由緒(境内の「説明板」と「筑前国続風土記拾遺」巻之下37より記載)

    産神也・村の西5町林中に在。字を大明神と云。

神輿社は始津丸村の内(津丸村の条に見へたり。)に在。

何れの時にや回禄せしかは、村民高宮山の南の半腹に移せしか。其所後に山迫り前は谷に臨みて風雨の難常に多く、御社早く破損せしかは、産民等社を他所に移さまく思う折から、白鷹あまた集りて艮(東北)の方の山野に巣を掛んと飜飛する事頻也。

里人等恠,(あや)しと思う折しも、里の童女神の此地に住給はんとの御告なりと云しかは、其詞の託言に似たりとて、頓てか白鷹の巣掛し樹下に寛永13年(1637)社を建て移し祀る。是より村の名を鳥巣と名付ける。畦町村の産神は元より本木村の若八幡なりしかハ、延宝元年(1673)村の北、山上に勧請せり。

其後畦町鳥巣両村を一ツに併せし時、若八幡宮鳥巣の神輿社に併せ祭る。年中6度の祭あり。中にも9月28日正祭とす。 神輿社ハ宗像75社の其一也。

一口メモ

八幡宮は、畦町宿の氏神で天正年間の再建と云われ、鳥居や狛犬に歴史が感じられた。また、あまり広くない境内には樹齢五百年を越えると思われる三本の御神木があり、他所から参拝に訪れや者にとっては変哲もない神社であっても、縁あってこの地生まれた人たちにとっては、最高にいい「気」が漂う場所であろう。

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神社入口

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変わった姿の狛犬

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少し額束が欠けた鳥居

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鬱蒼と木々に覆われた境内

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参道

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拝殿

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拝殿内に掲げられている扁額。合祀されたため「神興宮、八幡宮」と書かれている。

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社殿全景

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境内社  祭神は大己貴命【おおなむちのみこと(大国主命)】

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御神木

 

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