鏡 天満宮

           鏡 天満宮
鎮座地   福岡市博多区下川端町3-1
      
地下鉄「中州川端」駅下車、徒歩3分 
        「博多リバレイン」脇。 
                               
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              商業施設に囲まれた神社全景
                  
ご祭神  菅原道真 
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                神社正面
ご由緒
(境内由緒説明 より)
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                     由緒板
 延喜元年(901)菅原道真が大宰府に左遷され、博多港に
上陸された第一歩の地に休息のとき、「海路の疲れにおやつ
れ給いて御相顔を鏡に映してご覧になった」と伝える”鏡”を御祀
する神社。
 社殿の近くには、唐から帰った最澄の建立による明王山令泉寺
があったと伝えられている。
 平安時代は平清盛によって袖が湊が築かれ日宋貿易の玄関口
として繁栄をきわめ、商都博多の礎となった。
 中世に入ると度々の戦火に見舞われ、また大東亜戦争で壊滅な
打撃を受けたが、人々の信仰心篤くその都度再建された。そして
商業施設「博多リバレイン」建設に際して、現在地に建立された。  
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鳥居額束

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拝殿
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手水舎

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渡唐口(とからくち)の碑

 当時このあたりは渡唐口といわれ
遣唐使が多く行き交い、大陸の文化
がさきがけて我国に上陸したところです。
  鳥居脇にある。

 
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                  境内社
                澤姫稲荷神社
                御祭神 保食神(うけもちのかみ)
菅原道真(845~903)
  代々学者の家筋に生まれ、学者、文人、政治家として卓越した
 能力を発揮した。
  十八歳で律令制度の国家公務員試験の科目の一つ「進士(しん
 し)」に合格、二十三歳で上級の「秀才」に合格して文章(もんじょう)
 博士になる。以降順調に出世して、醍醐天皇のとき五十五歳で右
 大臣に昇り詰めた。
  この異例の出世が、時の権力者・藤原氏の反発をかい、延喜(え
 んぎ)元年(901)、藤原時平のでっち上げの告げ口によって失脚し
 北九州の大宰府へ左遷された。
 都を去るとき、詠んだと云われるのが
 「東風ふかば にほひおこせよ梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」
  大宰府に赴任して二年後の延喜三年没。
                

PHP文庫 戸部民夫著 「日本の神様」がよくわかる本)
   
     
    

  
 

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